課題:なぜ日本は、世界の先進諸外国の中で精神科病院入院期間が一番長いのか。その要因について考察しなさい
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日本の精神科医療政策は、国立・公立医療機関中心の他先進欧米諸国と比べて、約50年も遅れているという概念があるが、その影響・原因として、わが国が私立病院を中心に据えて精神医療の責任を転嫁し歩んできた事実が浮上する。他先進諸国との2004~2005年による※①退院者平均在院日数データは、日本以外の平均は18.1日に対し、日本は298.4日であった。また、※②人口万単位の病床数保有比較データは、イタリア1・アメリカ/カナダ3・スウェーデン5・イギリス7・韓国8・フランス10に対し、日本は28という、いわば世界の潮流に抗うがごとく驚異的な数値である。
戦前期の1900年に発布された、日本の精神障害者施策における初の法律である、「精神病者監護法」の目的は社会防衛思想に基づくとされている。制定当時の政治的背景として、諸外国に対する不平等条約の改正を踏まえて、治安の確保が緊急課題とされた。その具体策として、国家予算的にエコノミーな対象として合致する私立病院の経営収支も鑑み、精神病床数の量担保に重きをおいた理由のひとつには、この改正条約の実施目的が大きく関与していたと考えられる。1964年のライシャワー事件も含め、日本の精神保健医療福祉の全体の歴史的動向とその変遷をみると、社会的防衛という観点において、「障害者ならぬ精神異常者」は「隔離・収容対象」とし、いとも安易に「分類・片付けられてきた」といっても過言ではない。
そして、精神病院は「医療機関」ではなく精神疾患者の「監禁・収容施設として役割を担うことが出発点」という歴史的事実が、今日に至るまで脈々と継承されている見解は否めない。また、治安という観点において、日本は外国人労働者や移民の受け入れに消極的であるが、長い間鎖国体制を敷かれ部外者や異質なものを排他的に捉え、より安全を確保すべきという世代連鎖として植えつけられたマジョリティ的国民性も、少なからず関与していたのではないかと考えられる。
敗戦後、1950(昭和25)年制定の精神衛生法の主旨を振り返ってみても、高度経済成長期では労働力の確保が最優先とされ、それに見合わないさまざまな疾患・障害を持つ人々に対し、施設への収容を推し進める施策がなされた。とりわけ、精神疾患においては治安を守るという観点から、本人の同意を要さない強制措置入院が合法的に認められてきた。それは、まさに精神障害者を「地域生活社会から排除する」というシステムの一環であったことは否定できない。同時に、地域として精神障害者を支援し受け入れるという、社会資源の整備基盤が育まれる土壌が皆無であった状況が示唆できる。他先進国が早期から手掛けていた、「精神障害者の地域ケア」という観点からも、わが国でその政策事案がようやく取り上げられた時期を鑑みても、やはり「遅れてきた日本」であった。
他先進諸国の精神医療改革例として、ドイツでは、70年代に始まった大幅な精神科の病床数削減、多職種編成によるチーム医療外来、地域福祉活動を導入し現在2000か所で運営している。イギリスでは、1990年にコミュニティケア法の成立に伴い、自治体による社会復帰関連施設の整備と社会資源を提供し、障害者が地域の中で生活可能な環境を整えた。オーストラリアでは、1993年の地域ケアへの支出29%が、2003年には51%に増加している。フィンランドでは、精神医療改革政府委員会が1984年に発足し、脱施設化のため入院施設に代わる治療共同体の概念に基づき、個別のリハビリテーションプランのために段階的な施設整備をおこなった。そのほか、諸外先進国における広く社会的に開かれた、多様な各種精神保健啓発活動も特筆に値するものである。
以上のような、世界の福祉先進各国に倣う取り組みを、日本にそのまま移行することは難しいが、同時代において既存している共生意識に基づくコミュニティケアから、学ぶべきことは大いにある。昨今、うつ病の拡大を発端に外来精神科診療所が増加し、メンタルヘルスは身近なものとなった。今、日本は精神障害者のみならず、自分や家族が精神疾患に向き合うべき時のためにも、人間の尊厳が守られる医療システム、精神保健福祉の面からのノーマライゼーションを積極的に構築していく必要がある。決して、「遅すぎた」という感に終わってはならず、長期社会的入院精神疾患利用者を、地域へと移行する支援対策が行政により事実、動き出している現在がある。焦燥感に煽られず、世界的にも稀有な日本の国民皆保険のように、独自の福祉国家を目標に社会システムの構築を目標にしていくほかはない。
これらの課題を実現していく鍵は「地域包括支援ケア」であり、精神疾患者を長い社会的入院から解放すべく、退院に向けての各専門家による支援体制の連携・確立・強化である。しかも、それは国家レベルにおける立案・施策が背景とされなければならない。そのなかで、最も至近距離でアプローチできる立場に、精神保健福祉士の存在がある。長期入院患者に関しては困難な面も想定されるが、短期措置入院患者においても、長期入院に及ぶことがないよう早期から本人を理解・受容し、そのリカバリーという生きるうえでの前向きな意志に寄り添い、希望に沿った退院後の地域生活をサポートしていく継続支援が必要とされる。その責務を担うべく、医療機関・患者を取り巻く環境・地域支援事業者などと、「つなぎ・つながる」能力が求められるとの考察に至る。
参考文献
- 参考文献1:
URL
医療観察法.NET 精神科医療に関する基礎資料-精神科医療の向上を願って- (平成20年版)
伊藤哲寛(精神科医)
2008年7月 6. 精神病床数および平均在院の各国比較
2005年診断分類別精神及び行動の障害 (OECD Health Date 2008)
※①退院者平均在院日数より OECD Health Date 2007(アメリカ・カナダは2004年、その他の国は2005年のデータ)
※②人口万対精神病床数(OECD)
URL:http://www.kansatuhou.net/10_shiryoshu/07_01_shiryou_seisin.html - 参考文献2:
PDF
高田短期大学 介護・福祉研究 第3号 2017
研究論文 精神科病院をめぐる歴史的課題と矛盾の構造 青山 智香
URL:http://www.takada-jc.ac.jp/campus/fukushi/pdf/h28kiyou-06.pdf - 参考文献3:
PDF
世界から50年遅れた日本の精神科医療の現状
日本の精神科医療の根底にある 精神科特例
精神科医療低減リーフ 中面2
2018年02月28日 日本医療労働組合連合会 【提言】精神科医療のあり方への提言
URL:
http://irouren.or.jp/lines/%E7%B2%BE%E7%A5%9E%E7%A7%91%E5%8C%BB%E7%99%82%E6%8F%90%E8%A8%80%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%95_%E4%B8%AD%E9%9D%A22.pdf - 参考文献4:
URL
一般財団法人アジア・太平洋人権情報センター
国際人権ひろばNo.109(2013年5月発行号)
人権の潮流 精神科病院がなくなったイタリアから、何を学べるか
吉池毅志(よしいけ たかし)大阪人間科学大学社会福祉学科准教授
URL:https://www.hurights.or.jp/archives/newsletter/sectiion3/2013/05/post-210.html - 参考文献5:
PDF
諸外国の精神保健医療福祉の動向
第5回 今後の精神保健医療福祉のあり方等に関する検討会 平成20年6月25日 資料2
URL:https://www.mhlw.go.jp/shingi/2008/06/dl/s0625-6c.pdf